紙鶴物置

アニメと声優と音楽とDJと読書

加藤恵

支離滅裂な内容です。読んでも時間の無駄だと思います。すみません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冴えない彼女の育てかたFine」を先日見てきました。

saenai-movie.com

アニメ版はちゃんと見ていましたがそこまで強い思い入れもなかったので今回の映画もタイミングが合えば見に行こうかなーくらいでした。メイン3キャラの中で一番加藤恵が好きだったし。そんな矢先、友人から一緒に見に行かないかと誘われ、予定も空いていたので承諾。折角見に行くならアニメ見直そうと思いAmazon Primeに入っていた「冴えない彼女の育てかた♭」を再視聴し始めた(1期から見直したかったけどdアニメストアには加入していないので断念)。

 Episode.5「締め切りが先か、覚醒が先か」あたりから感情になり始め、Episode.8「フラグを折らなかった彼女」で加藤恵の熱意を見い出し、Episode.11「再起と新規のゲームスタート」のGLISTENING♭で泣いた。
冴えない彼女の育てかた♭」は澤村・スペンサー・英梨々霞ヶ丘詩羽のクリエイターとしての矜持や安芸倫也の葛藤みたいなものがメインにあった気がして、そのせいもありそこまで加藤恵を意識することはなかった。Episode.8やEpisode.11で見せ場があったもののどうしても「冴えない彼女」としてのレッテルが自分の中ではあった。それでも彼女のルックスや声、しぐさがやっぱり好きで他の女性キャラクターにはない魅力が確かにあったのも事実。けだるそうなトーンの声でも、少し投げやりともとれる言動があっても、それでもゲーム制作に、blessing softwareにちゃんと向き合っている加藤恵の魅力が、頑張る女の子の一面が「冴えない彼女の育てかた♭」で見ることができてまた好きになった。冴えない彼女の育てかたの中で一番好きなキャラクターは加藤恵と答えられるくらいには好き。「冴えない彼女の育てかたFine」を見るまでは。安芸倫也というフィルターを介して加藤恵を見るまでは。安芸倫也を意識しない状態で加藤恵を見ていたこのときまでは。

 

 

―――以下、映画のネタバレを含む―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、加藤恵のこと、なにひとつわかってなかった。見ていたものも心に宿る情熱も真剣さもドロドロに渦巻いていた感情も。好意も。何もかもわかっていなかった。アニメを見直してなんとなくわかっていたような気になっていただけだった。CMでも使われていた「あなたの望むメインヒロインになれたかな?」の「あなた」は僕のことじゃない。加藤恵が見ていたのは最初から最後まで徹頭徹尾安芸倫也であって自分ではない。毎クール毎クール適当にアニメを見て、ルックスや声、性格が好きな女性キャラクターを見ながら「僕が幸せにしてやるからな……」とかほざいていた自分と、毎日ヘラヘラ何かに真剣に情熱を持って取り組むこともない自分と安芸倫也が同じオタクなわけがない。オタク同士理解できるところがあるのは事実でも追体験はできるはずがない。サブカルチャーのコンテンツが趣味とか娯楽とかっていうのは所詮言い訳にしか過ぎないんじゃないか。それに比べ安芸倫也は違った。安芸倫也は紛れもない特別だった。

加藤恵も特別。自分は特別ではない。少なくとも加藤恵に選んでもらえるような特別ではない。加藤恵は僕のメインヒロインにはなれないし僕のメインヒロインに加藤恵はなれない。僕がいくら加藤恵のことを想っても加藤恵は僕のことを認識することはないしましてや好かれることもない。もし加藤恵が自分のことを好きになったら、なんて想像する気持ちすら起きない状態になってしまった。「2次元から好かれることはない」って当たり前なんだけど。わかっていることを何度も何度も確認させられてるのはきつい。冴えない彼女の育てかたは最初から加藤恵のことが好きだったけど加藤恵のことちゃんと見てなかったし何も理解してなかったし結局僕は加藤恵のこと幸せにできる人間じゃないってことがよくわかった。

もう加藤恵のことを軽々しく好きだと言えなくなった。「冴えない彼女の育てかた」で一番好きなキャラクターが誰なのかもわからなくなってしまった。わからなくなったというよりいなくなったの方が正しいのかも知れない。好きなのかもしれないけど好きだと言うことをはばかってしまうようになってしまった。好きなものを好きだと言えるのは才能なんだと思う。好きなものを好きだと言えないのが普通なのかもしれない。

笑えて萌えて泣けて楽しい映画だった。それだけで良かったのかもしれない。それだけで良かったのにそれだけでは終わらなかった。1回目の「冴えない彼女の育てかたFine」は加藤恵について僕は何も知らなかったことを自覚するので精一杯だった。「冴えない彼女の育てかた」に対する覚悟が足りていなかった。霞ヶ丘詩羽先輩と澤村・スペンサー・英梨々のことを考える精神的余裕がない。

加藤恵のことをこれ以上好きになっても毒にしかならないのにそれでも彼女のことをもっと知りたいと思うこの気持ちは何なんのかよくわからないし、これまでの好きの感情はもう原型もわからないくらい歪んでしまった。呪いに近いのかもしれない。こうやってわからないわからないって言って現実から目を背けているのも感情に向き合わないで逃げているのも本当にどうしようもない。彼女の合格になれない人間の末路。